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津田恒美の息子や娘の現在は?嫁は再婚したか気になる!

津田恒美さんを皆さんはご存知ですか?当時、広島カープの無敵のリリーフとして大活躍した野球選手なんですね。当時、という言い方なのは引退しているからではなく、すでに亡くなられているからです。

 

今から19年前に亡くなられた方ですが、その奥さんやお子さんが今話題になっているので調査してきました!ぜひ最後までご覧ください!

津田恒美はどんな選手だった?まずはプロフィールから!

名前 :津田恒美(つだ つねみ)

誕生日:1960年8月1日

没年 :1993年7月20日(32歳)

投打 :右投右打

守備 :投手

高校生時代、1年生からエースとして活躍していた津田恒美さん。しかし、選手権や大会では惜しいところまで行きはするものの今一歩及ばず、惜敗します。卒業後にプロ入りするわけではなく、このあと社会人野球に入るんですね。

 

そこで1981年、都市対抗試合にて優勝候補であったチームを見事に抑えたことから注目を集め始めます。が、やはりここでも2回戦で実力及ばずあと少しのところで敗退。

 

同年の日本選手権でもエースとして登板し、準々決勝まで登り詰めますが惜しくも敗退。今ひとつ成績を残しきれないままかと思いきや……。

 

同年のドラフトでなんと1位指名を受け、広島カープに入団する事となるんですね!入団当初から期待をかけられていましたが、その期待にこたえるように1年目は先発投手として起用されますが、11勝6敗の好成績!

 

球団で初めてとなる新人王まで獲得するわけです。ここから華々しい野球人生がスタートするのかと思ったら今度は中指の血行障害で登板が激減し、中指の靭帯を摘出する手術を受けます。

 

そして抑え投手として復活を遂げ、シリーズ前半戦をなんと防御率0で折り返すという驚異の成績!そこから調子を落としはしますが、リーグ制覇に大きく貢献しカムバック賞を受賞するのです。

 

ちなみに一時は肩を痛め抑え失敗を繰り返し、「サヨナラの津田」などと呼ばれてしまう期間もありますが、それでもその翌年には防御率1.63 12勝5敗28セーブという成績を残して最優秀救援投手、ファイアマン賞を受賞!再びの復活となるわけです!

 

ちなみに153キロの球速とキレ味鋭いカーブを武器に、闘志むき出しで打者と勝負する姿から「炎のストッパー」と呼ばれていました。

 

今でこそ高校球児が150キロを投げたりしますが、当時から考えれば凄まじい豪速球ですからね〜。素晴らしい投手だったのです。

 

それから少しして、本人が体の不調をうったえるようになります。その最たるものが頭痛でした。この頭痛をしばらく放置していたわけですが、これが悪性腫瘍であり、のちに32歳という短い人生を閉じてしまう原因となるのですね……。

津田恒美の息子と娘は現在どうなっているのか?

出典:カープまにあ

調査したところ、お子さんは息子さんがいるようですね。その息子さんが、今話題を呼んでいるのです。というのも、亡くなられたお父さんの記念館を作ろう、と決心したとのこと。

 

訃報は当時、4歳。父親がなんとなくすごい人だという認識だけがあったものの、しかしかえってそれがここまで重荷になり嫌な思いをされたこともあったようです。

 

しかし、ファンの方々の声を聞くうち、その考えも次第に変わっていき「父とちゃんと向き合うことで、違うものが見えてくるんじゃないか」という結論に至ったわけですね。

 

その先にあったのが、記念館を作ること。少しでもファンの方々にお返しを、という意味合いも込められているようです。

津田恒美の妻は再婚しているのかどうか気になる!

妻である晃代さんの再婚情報は、今ネット上にて多く浮上し話題になっています。しかしながらそういった情報は全て誤情報であり、晃代さんは再婚はされていませんね。

 

津田恒美さんが亡くなられた際には20代後半でしたので、再婚も十分考えられる年齢だと思いますが、あえてそうしなかったのはやはり旦那である津田恒美さんへの愛情なんだなあと感じさせられます。

 

再婚も決して悪いことでは無いですし、誰にも責められることではありませんが、しかしそれでも良しとしないところが素敵な方ですね。

最後に津田恒美さんのカッコいい投球スタイルをちょっぴり紹介

https://youtu.be/Zn3OYlGx7io

津田恒美さんは先ほども触れたように153キロの速球を武器にした速球中心の投手でした。投球の90%がなんと直球で、その勝負師な性格が伺い知れますね!

 

「津田はクレイジーだ」とバースに言わせたり、実況解説に「津田、スピード違反ーーー!!」と叫ばせたり……あまりの豪速球に、打者の手首を折ったり。話によれば、津田恒美さんの直球はホップしているかのようなノビのある直球だったようです。

 

その直球を全体の9割に織り交ぜ、打者と真っ向から勝負する。まさに、「炎のストッパー」だったんですね。原辰徳さんの手首を粉砕していますからねw

まとめ!

津田恒美さんは32歳の時に脳の悪性腫瘍に倒れ、亡くなられています。今でも生きていたなら、数々の成績と賞を残し球界の伝説となっていたことでしょうね。

 

息子さんはそんな父親の記念館を作ることで父親と向き合い、かつファンの方々に恩返しをすると考えているようです。

 

妻である晃代さんは19年間再婚することなく過ごしてきました。そこからも津田恒美さんへの愛情がわかりますね。

 

「炎のストッパー」津田恒美さん。今回は素晴らしい野球選手のご紹介でした!それでは最後までご覧いただきありがとうございました!